厄年は怖くない!

厄払いエピソード

ここを見ている人は、1度は厄年を経験している人も多いでしょう。神社で厄払いをしてきた人、お守りだけを持ち歩いたと言う人、全く気にしないでなにもせずに1年を過ごした人など、様々なケースがあると思います。

親戚中で厄落とし

幼い頃の記憶です。地方によっては、厄年になると親戚中が集まって宴会を開き、集まった人たちに厄を分散して持ち帰ってもらうという風習があります。母が33歳の大厄のとき、やはり親戚中が集まって大宴会になりました。幼心に、普段顔を合わせることのない叔父や叔母、従兄弟たちと久しぶりに会って嬉しかったのを覚えています。

部屋の中を歩くのもままならないくらいの人数で、これでもかというくらいのご馳走が並べられました。自分は子供だったので、ただ楽しかったのですが、あとから母に聞いた話によると……。母は嫁の立場でこの宴会を取り仕切っていたこと。考えてみると、集まったのは父方の親戚ばかりです。嫁として、出来合いのものを出すわけにはいかず、全て自分一人で数十人分の料理を作っては出し、主役と言えど、座っている暇がなかったこと。親戚は誰一人、母の手伝いを買ってでる者はいなかったこと。

ものすごく忙しくて、のんきに騒いでいる親戚一同に腹が立ったらしいのですが、座る暇もないくらい動いて皆に厄をばら撒いただろうからと満足げでもありました。でも、こんなに大変な思いをするくらいなら、神社で厄払いだけ済ませたほうがいいんじゃないかとも思いました。

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長いものを贈られると良い

パール

19歳の厄年で母から贈られたのは、首からそのままかけるとへその位置よりも長いパールのネックレスでした。これだけ長いのですから本物のはずがありません。

本物ではないので自分も気軽に使うことができたのですが、最近になって分かったことがあります。妹の厄年のときには、本パールのネックレスを贈っていたのです。自分にはオモチャのネックレスで、妹には値のはる本パール……この差は一体……。

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元旦に神社で

年が明けると大厄を迎えるという年末のこと。実家の母が、神社に奉納するようにと鏡餅をついてくれました。初詣のときに、大厄ですので宜しくお願いしますと持っていくのだよと言い聞かされていました。いざ元旦になり、風呂敷に包んだ鏡餅を持って初詣に出かけました。

人でごった返す中、社務所に行き、『今年大厄を迎えます。厄払いのお供え物として鏡餅を持参しました。どうぞ神前にお供えください。』そう言って宮司さんに手渡したのですが、『あ。そう。分かりました。』これでおしまいです。名前も何も聞かれませんでした。

普段初詣に行く神社では、厄年だというと名前と住所を聞き、神前に座って厄払いを受けます。もちろん玉串料も持参します。この年は大厄だということで、いつもの神社ではなく、大きな神社に出向いたのです。鏡餅を受け取った宮司さんは、さっさとドアを閉めてしまいました。

あっけに取られながらも、『これでよし。鏡餅は奉納した。』と、自分に言い聞かせ、初詣で無病息災、家内安全を祈願して帰りました。これって厄払いになっているのでしょうか……。

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厄が移った!?

友人の兄が厄年を迎えました。親戚が集まったときに、『俺の厄、全部持って行け〜!』といって、背中からおんぶの形で従兄弟に抱きついたそうです。その帰り道、抱きつかれた従兄弟は転んで足を骨折しました。厄年の本人はその年は良いことずくめ。骨折した従兄弟に厄を全部持たせたからだと評判になりました。

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COLUMN〜厄年、気にする?

あなたは厄年を気にしますか? このサイトでも紹介したように、男女別の厄年、男女共通の厄年があり、パートナーが大厄だと自分も小厄になることを考えると、常に厄年の中にいることになります。学生時代の同級生は、自分が厄年だと同級生も厄年ですね。そう考えると、日本中厄年の人だらけになります。

確かに、健康に注意し、普段の生活も派手にならず、慎み深くするのがいいのでしょうが、厄年だからとかまえるのではなく、普段から健康に気を配っていればいいことですし、人並みに派手にならない生活をしていれば、厄年は気にしなくてもいいのではないでしょうか。

何かあると厄年のせいにしがちですが、厄年ではなくても、良いことも悪いことも起きるものです。厄年を気にしすぎて、かえって精神的に参ってしまいかねません。だからといって、厄年に何もしないのは気持ちの区切りがつかないでしょうから、神社、仏閣でお祓いを受けたら、あとは気にしないで過ごすのが一番なのではないでしょうか。

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