厄年は怖くない!

厄年ってなんだろう

いくつになったら厄年だということを知っていても、厄年の本来の意味を知っている人はどれだけいるのでしょうか。周りが厄年だと騒ぐので、自分もとりあえず厄払いに行っておこうか、良くないことが起こるのも嫌だし……こんな感じではないでしょうか。

陰陽道と厄年

安倍晴明

厄年というのは、陰陽道で教育、宣伝されているもので、その年齢になると厄災が降りかかるとされています。平安時代には、すでに厄年という概念があり、現在まで長いこと受け継がれてきている風習です。

陰陽道って?

陰陽道は、古代の中国で生まれた自然哲学思想や、陰陽五行説を元として、日本独自の発展をした呪術と自然科学の体系です。陰陽道に通じる人を陰陽師といい、有名なのは安部晴明です。室町時代から、占い師、祈祷しとして陰陽師が活躍するようになりました。

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厄年のルーツ

厄年のルーツ

厄年を民俗学的に見ると、『役年』になります。ある一定の年齢になると、神社やお寺で『役』をするという習慣からです。『役』になると、それなりに身を清め、行いを慎まなければいけませんでした。その役を終えて、はじめて一人前の社会人として、周囲の人から認められたといいます。

次第に、この『役』の年齢に差し掛かる頃には、精神的なものや肉体的なことに変化が起こりやすく、体を壊したり、思いも寄らぬ受難を受けたりするという、人生の節目になっていることが分かってきました。昔の人は、厄年を『役年』とすることで、役についた者に様々な制約をもうけ、『厄』から逃れていたのです。

陰陽道から見ると

『役年』を決める際に、陰陽道の影響を受けて決められていたようです。それまでは地域によって『役年』の年齢がバラバラで統一されたものではありませんでした。そこで、陰陽道をもとにして、方位、日時の吉凶が定められ、災いを招きやすい年齢として、厄年が決められたのです。

やはり、人生の中の節目になる頃で、生活の知恵が厄年に生きているとも言えます。現在のような形になったのは、江戸時代に入ってからのようです。

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どうして数え年?

七五三

日本では古くから数え年で年齢を数えていました。現在は、生まれた年を0歳、はじめての誕生日を迎えて1歳と数えますが、数え年は、母の胎内から出たそのときから1歳と数えます。

ですから、1年たってはじめての誕生日を迎えたときには2歳ということです。現在、この数え年で数えるのは、法事などの年忌のときや、七五三、古希、喜寿のお祝い、享年などのときのみで、ほとんどが満年齢で数えるようになっています。

どうして満年齢で数えるように?

日本では、古くから年齢を数えるときは、数え年で数えるのが当たり前でした。では、どうして現在のように満年齢で数えるようになったのでしょうか。1902年12月22日に施行された、『年齢計算ニ関スル法律(明治35年12月2日 法律第50号』により、それまでの数え年を廃止して、満年齢で数えるようにとされました。それまで数え年で年齢を数えていた習慣は廃れることがなく、その後も満年齢が使われることがありませんでした。

このことから、1950年1月1日施行の『年齢のとなえ方に関する法律(昭和24年5月24日 法律第96号)』が出され、『国民は、年齢を数え年によつて言い表す従来のならわしを改めて、年齢計算に関する法律(明治35年 法律第50号)の規定により算定した年数(一年に達しないときは月数)によってこれを言い表すのを常とするように心がけなければならない。』と、年齢を満年齢で表すことを再度推奨し、『国又は地方公共団体の機関が年齢を言い表す場合においては、当該機関は、前項に規定する年数又は月数によつてこれを言い表さなければならない。但し、特にやむを得ない事由により数え年によつて年齢を言い表す場合においては、特にその旨を明示しなければならない。』と、一般の人には満年齢の推奨、地方公共団体などの機関には『義務』として、やむを得ず数え年を使う場合は、分かるように明示することも義務付けたのです。こうして、生後1年に満たない子供は○ヶ月と数えられるようになったのです。

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